試みに小説を執筆します。
現実がゲシュタルト崩壊する―統合失調症
2007-03-08 Thu 12:04
 まず言っておく。私は精神医学が嫌いである。というよりも、危険な存在であり、精神医学の論理こそが統合失調症の症状に当て嵌まっていると確信している人間である。
 現在の精神医学あるいは病院は、単に公式に麻薬を処方する場所としてのみ機能していると断言できる。
 まあ、それは置いておこう。
 だが、それを生業にして、あるいはそれに熱意を(優越感とほぼ同じ概念である)持って働いている人々もいるだろうから、それに一定の理解を示した論評を執筆する。
 皆さんはゲシュタルト崩壊を御存知だろうか?一つの文字をずっと読んでいるうちに、その文字が概念として、文字として移らなくなってしまう。つまりは認識崩壊を起こしてしまうと言う現象である。
 これを、統合失調症に当て嵌めるのが説明としては簡単であろう。
 私たちは子供の時分、毎朝7時に起きて、朝食を食べ、学校に行き、授業を行い、昼給食を食べ、午後部活なり何なりを行い、家に帰って宿題なりテレビゲームなりをして、一日が過ぎる。
 それが当たり前のように暮らしていた。今もまあ、ほとんどの家庭ではそうだろう。
 だが、それは実は当たり前ではなく、人為的に作られている事象なのである。
 一般に社会人となるとき、そういう当たり前だと思っていた事象が実はとてつもない労力を伴う作業と気付く。
 1日に3食食べるということも、それは当たり前ではない。学校に行く必要もない。
 餓死してもいいのなら、働く必要もない。
 「みんな仲良くしようね」などと言う人間はどこにもいない。
 温室から抜け出した人間たちに待っているのは人の波間の砂漠である。
 そんな中で自分を選び勝ち取っていくのがいわゆる青年課題、つまり大人の階段を上るという成長段階なのだろうが、何らかのとてつもないアクシデントや対応できない障壁に人間がぶつかった場合、時として現実社会に全く対応ができなくなってしまう。つまり、題名にも述べたような現実社会がゲシュタルト崩壊するような感覚に襲われる。
 それが引きこもり等の現代病理だが、さらにそこにプレッシャーなどが加わると、思考を統治する人間の器官である脳が故障してしまう。滅茶苦茶なプログラミングをしたパソコンが動かなくなってしまうような感じだろう。心の病ってのはそんな感じなのかな。
 そんな場合には専門家の手助けや薬の効果が必要となる場合もある。だが、医者は病名というレッテルと挫折感、疎外感、差別感もプレゼントしてくれる。
 そして、何よりもそれは一時的な解決法であり、実際の解決法は直接ストレスとなっている事象をきちんと解決するという一点。
 
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